遠野物語 21 -若葉の季節-

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zoom RSS 第49話  おやじとギター

<<   作成日時 : 2008/01/26 15:06   >>

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 ロートに上昇したお湯を、マドラーでくるくるとかき混ぜる。それを数十秒繰り返した後、下のアルコールランプを取り除くと、真空状態のフラスコに琥珀色を少し濃くした液体が落ちて来た。
「おー」
その工程を見ていた僕は、思わず声を出していた。マスターは、フラスコに溜まったコーヒーを見て、今ひとつの出来に首をかしげた。
 マスターは出来上がったコーヒーを僕らに差し出した。そしてゆっくりと腰を下ろし、僕らに話し始めた。
「あれは妹が高校3年の夏だった。夕方 妹はいつもと違い、悲しい顔をして帰って来た。その時 俺はそれ程気にも留めなかったが、夕食の時間になっても、自分の部屋から出て来なかった。俺は心配になり、あいつの部屋に呼びに行くと、薄暗い部屋で妹は泣いていた。俺は静かに妹の部屋の扉を閉めようとしたら、悲しい声で俺を呼び止めた。妹は俺に背を向けたまま言った『真が学校辞めて、ギターの勉強のために東京に行くって』あの時の妹の背中は、今でも目に焼きついている。俺は妹に 止めなかったのかと聞いた。すると声を引きつらせながら言った『だって真の夢だもの、私が我慢すればいいことだから・・・』それを聞いた俺は、真を殴ってやりたかった。そんなに急いでこの町から出て行かなくても、卒業してからでも遅くはないだろうと思った」
この店に入ってすぐに、僕がこの町では暮らせないと言った時、僕らに言った一言の意味が、今になって分った。
「おまえのおやじは、確かにギターが上手かったが、所詮田舎者の真似事でしかなかった。真が東京に行って、何度か妹に手紙が届いていた。その内容を時々妹が話してくれた。都会に出て行ったおまえのおやじは、自分のレベルの低さに戸惑い挫折しかかった。そんな時 妹が真宛の手紙に『私も卒業したら東京に行って、真の支えになるから、私が卒業する時まで頑張って』と書いた。そう言ってあげることで、離れていても真に希望を持たせる事が出来ると思っていた。妹は短大に合格していたけれど、喫茶店でアルバイトをして、少しでもあいつの役に立ちたかったにちがいない。それでこのコーヒーセットを買い揃え、練習をしていたと言うわけさ」
僕らの目の前に置いてあるミルとサイホンは、確かに年代を感じる代物だ。
「それで妹さんは東京で、タクのお父さんの支えになってあげる事が出来たわけですね」
サチは嬉しそうに言ったのは、二人の幸せな再会を想像したからだと思う。
 しかしマスターの口から、予想もしていない内容を聞かされる事になる。
「いや、妹は東京に行く前に死んでしまった」
それを聞いた僕は息が止まり、目を見開いたまま、横に座っていた彼女に目をやった。サチはにこやかな表情から、一瞬にして戸惑いに変わった。コーヒーを飲もうとした彼女だったが、カップの取っ手を掴んだまま、持ち上げる事無く下を向いて動かなかった。
 僕は目の前のコーヒーを飲み感想を言う事で、今の状況を変えようと思った。そして口に入れたコーヒーの味は・・・・うすかった。


                 おしらせ 

             次回 第50話につづく・・・


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