遠野物語 21 -若葉の季節-

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zoom RSS 第50話 マスターが失ったもの

<<   作成日時 : 2008/01/30 19:03   >>

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 僕もサチも目の前にいるマスターの顔を見ることが出来なくなっていた。僕は心の中でサチに、何か言ってくれと願った。勿論その後の話も聞きたいし、おやじの事も気のなっていけど、ただ興味本位で訊ねる事ではないと思っていた。
 そしてサチは沈んだ気持ちで、どうにか口を開いてくれた。
「妹さんの望みはかなわなかったわけですね」
そんな気落ちした僕らを、優しい表情でマスターは見ていた。
「あれは二月の寒い日で、前日の晩から雪が深々と降り続いていた。それは大粒の綿雪が、空から舞い踊るように落ちて来て、朝起きると一面銀世界にかわっていた。妹はいつものように登校した。俺も仕事に出かける為に、妹の少し後に車で家を出た。すると俺の車の少し先を、滑りやすい雪道をしっかりとした足取りで、妹は歩いていた。学校まで乗せて行こうと思い、あいつに声をかけると、妹は途中の郵便局に寄って行くと言った。進行方向が違うので、そのまま俺は車を走らせ妹と別れた。バックミラーに写るあいつの姿が、次第に小さくなって行き、それが妹の最後の姿だった。
勤務先に着いて、仕事の始めて間もなく、俺に一本の電話がはいった。それは父親からで、ついさっき妹が車に跳ねられたと、動揺を抑えることがやっとの声だった。俺は持っていた受話器を、力一杯に握り締めたまま立ち竦んでいた。そしてあの雪道を、どのように運転したのか記憶にない状態で、妹が運ばれた病院まで車を走らせた。しかし俺が病院に着いた時には・・・妹は胸を強打して、もう心臓の鼓動は聞こえていなかった。さっきまで会話をしていた家族が、突然亡くなる事が信じられず、ただ呆然と目を閉じて横たわっている妹の姿を見ていた。それから間もなくして、車を運転手が現場検証も終わって、お詫びの為に病院にやって来た。その時俺は、その男の顔を見るなり、いきなり殴りかかった。周りに居た人たちが、俺を押さえつけて止めたけど、怒りがおさまらず我を失い大暴れしてしまった。その運転手はそのまま入院し、俺は駆けつけた警察官に取り押さえられた」
その時の事を思い出し、少し大人げない事をしたと、バツの悪い表情でマスターが語った。
 それを聞いた僕は、先日 自転車屋まで乗せてくれたおじさんが、マスターを見ておびえていた理由が、今のマスターの話で理解できた。今でも恐れられていると言う事は、よっぽど大暴れしたのだろうと察した。ただ暴力はいけないが、大人とか若いからとかの理由ではなく、人である以上 仕方のない行動だろう。
 マスターが言っていたけど、身内が突然この世から居なくなる事が、そう簡単に受け入られない事は、僕も共感している。
「俺も朝おやじの顔を見て、夕方いつものように帰宅して来ると思っていた。でもその日以来帰って来る事はなかった」
そう呟いた僕を見るマスターの目は優しかった。
 この時僕はマスターが不思議と身近に感じられた。


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             次回 第51話につづく・・・



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