遠野物語 21 -若葉の季節-

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zoom RSS 第71話  本当の別れ

<<   作成日時 : 2008/04/12 11:48   >>

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 新花巻駅から東京行き最終の新幹線に乗った。帰省中のUターンにも関わらず、最終の為か僕の日ごろの行いがいいのか、自由席に何と座る事が出来た。そして新幹線は静かに走り始めた。
「やっと東京に帰れるね」
サチは満足そうな顔をして僕に微笑んだ。
「そうだね」
僕なりに嬉しそうな顔をしたつもりだったけど、少し気の無い返事をしてしまった。僕は窓の外を見ていた。田んぼの中にある新花巻駅を離れると、あたりは真っ暗でまばらに家の灯りだけが通りすぎる。窓越しに写った僕の顔は、自分で言うのも変だけれど、何処となく寂しげに見えた。僕らはここに来る時と違い、お互いの口数が少なくなっていた。
 僕は喫茶店で聴いたあの遠野物語の曲が、今僕の頭の中で流れていた。何故おやじがカセットテープをダンボール箱に入れ、誰にも知られずに残っていたかがやっとわかったような気がしていた。おやじは小さい田舎の町を、東京に希望を抱いて出て行った。多分二度と戻らないと自分自身に言い聞かせては見たものの、いかに自分勝てで、大事な物を失うとは予測していなかったのだろう。それが現実に起こった時、おやじの心と体は行き場所を失い、東京の人ごみに身を任せるしかなかったのかも知れない。それが僕の知っている、唯一のおやじなのだ。あの遠野物語の最後のフレーズに「あの町に帰りたい あの頃をやり直したい」とあった。おやじは故郷を捨てたつもりだったけど、本当は気持ちの奥に、捨てきれずに残っていた・・・いや残していたかったのではないか?もしそうならば、おやじはいつの日か、遠野の町に帰りたいと思っていたのだろう。窓の外を見ながら考え事をしていたら、いつの間に僕はそのもの意識がなくなっていた。
 約三時間後、うとうとしながら目に入って来た光景は、沢山の様々な色の世界だった。僕が寝ている間に、すでに東京近郊に来ていた。間もなく上野到着の車内アナウンスがながれた。僕らの旅も終着をむかえようとしていた。
 東京駅は夜11時過ぎにもかかわらず、沢山の人が行き来していた。そんな事は昔から知っている事だが、改めて僕はその凄さを感じていた。途中眠っていた事もあり、この数日間の僕らの行動が、夢のような存在に感じてしまう。
「ありがとう」
サチが思いがけないお礼の言葉を言った。
「こちらこそ」
僕も素直にかえした。
「それではまたね」
長旅をした二人とは思えない、あまりにもそっけない別れの挨拶に思えるが、これが僕らにとって当たり前の事だった。そしてお互い振り返る事も無く、別々の帰路に向かって歩いて行った。
 夜中0時をとっくに過ぎて、自宅の前にやっと着いた。さすがにこの時間ともなると、この辺りも人は歩いていない。僕はおやじが中古で買った家の前に立ち、その暗闇に堂々と建つ建造物を見ていた。決して立派ではないし、モダンな造りでもないが、倒れずに建っているだけの薄暗い古い家だった。何故だかそれでも僕は誇らしげに思えた。ギーと音をたて鉄の門を開け、数日とはいえ随分久しぶりに感じた。帰る日を伝えていかなかったはずなのに、玄関の入り口の小さな電気が、主人を迎えるかの様に灯っていた。
「ただいま」
夜も遅いので母親は寝ているのはわかっていたけど、胸を張ってそういえる自分が嬉しく思えた。薄暗い家の廊下を灯りもつけず、なれた感覚で静かに歩いて2階に行こうとした。
 その時ふと自分の気持ちの中で、今夜中にしておかなければいけない事がわいてきた。僕はそのまま居間に向かい、静かに扉を開け部屋の灯りをつけた。そして仏壇のおやじの写真の前に腰を下ろして、こちらを見ているおやじに僕も眼を飛ばした。
「おやじ・・・死ぬ前にどうしておやじの育った町に連れて行ってくれなかったんだよ」
そして預かって来た手紙を写真の前に置いた。
「彼女からの頼まれた物、ちゃんと渡したからな」
そして立ち上がろうとした僕だったが、おやじの顔を見ていたら、何故かもう少し話をしたいと思った。でもいまさら何を話せばいいのか分らない・・・というより恥ずかしかった。僕の記憶では思い出せない程、久しぶりにじっくりおやじの顔を見ながら、僕はしばらくその場に座っていた。昔はおやじの前だと緊張感と違う、何か気持ちに力こぶしが混じったような感じで接していたけど、今の自分は魂が抜けたように、心が穏やかで凄く楽に感じている。そんな無防備の自分の口から出てきたのが、あの喫茶店で何度も耳にした、飛行船の遠野物語のフレーズだった。写真のおやじの顔を見ながら口ずさむメロディは、恥ずかしさで震えていた。所々歌詞を濁しながら歌っているうち、心の奥からこみ上げてくる熱いものがあった。それが涙という形であふれて来た。正座をして、グット握ったこぶしに力を込め、涙を抑えようとしたけど、それが余計に逆効果になる。今までおやじに心が開けなかった自分のおろかさと悔しさが、こんな形で現れるとは、つい先ほどまで思っていなかった。写真のおやじに顔を見せたくなくて下を向いていると、握りこぶしに落下する涙がスローモーションで見えた。
「もういいぞ・・・匠(タクミ)」
うつむいていた心に、おやじの声がした。一度もおやじに涙を見せた事の無い僕に、何度も何度もおやじが言ってくれた。くしゃくしゃになった顔を何とか起こし、おやじの顔を見ると、その顔は微笑んでいるように感じた。その時改めておやじの優しさに気がつき、そして死んでこの世にいない事の悲しさを知った。僕が物心ついて以来、初めておやじを受け入れた瞬間だった。


                 おしらせ 

                第72話に つづく





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